調の移り変わりのなかで、どのスケールを使うか。

キーボードマガジン1996年1月号に掲載の、使いこなす作曲理論 第37回 小林智 著「一時転調におけるメロディのあり方(私見編)」より、メロディ作りという側面からの一時転調についての解説の要約。

Cメジャー調の中でGメジャー調への一時転調

C-Am-D-G-C
この場合、DはGメジャー調であり、GはGメジャー調とCメジャー調の両方にまたがる。この流れの中で、CメジャーかGメジャーかの区別をはっきりさせてしまうファとファのシャープの2つをメロディーに持ち出さないことによって、転調の移り変わりの印象を「グラデーション」させることができる。

Cメジャー調の中でDマイナー調への一時転調

C-G-Em-A7-Dm-G
この場合は、シとシのフラットをメロディに持ち出さないことによって、先の例と同じように「グラデーション」させることができる。なお、A7に当てはめるメロディーはDメロディックマイナーかDハーモニックマイナーで、多くの場合はメロディックのほうがおすすめである。
ここでナチュラルマイナースケールを使うと、A7が成立しなくなってしまう。

転調から元の調に戻るとき、2つの調にまたがるコードの時点ですっきり元の調に戻ることも十分に実用的。逆に、転調した調をひきずって行くと、一時転調ではない転調に近くなってしまう。

一時転調をはっきりと意識させる曲の例

この記事の中で小林氏は、一時転調している部分のメロディーに、はっきりと転調を意識させる音を使っているフレーズの例として小林亜星の「ぱっとさいでりあーー」とSMAPの「ナントカ、どんなときもー」の部分を挙げています。小林氏はこういう音使いが嫌いだとか。おそらくそれが記事のサブタイトルにくっつけられている「(私見編)」の意味なんでしょう。

転調を印象付ける音使いをしないことによって、メロディを聴いただけでは転調が分からず、伴奏によってその転調が効果的に使われるのがかっこいいという説明がされています。

サトーは小林亜星の音楽も好きですが、一時転調してもメロディにその特徴的な音をつかわないという意図的な選択をするというのが、考えてみれば当たり前な選択肢ですが興味深く思いました。